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風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

すべてが明らかなのだそうです。あの方の御前では。

あなたは私たちの罪を御前に、
隠れた罪を御顔の光の中に置かれます。詩編908
 
 隠れているもので、
あらわにならないものはなく、
秘められたもので、人に知られず、
公にならないものはない。ルカ817
 
 ルカ19110
 ルカ94650(通読箇所))
 (ローズンゲン日々の聖句2/13:月)
 
 隠れているもの、秘められているものも、すべてが天の神、主には明らかなのだそうですが、そればかりではなく、人にも知られ、公にされるときが来るようですね。
人に知られないように隠し通せたことも。
また、心の内にしまいこんでいることも。
 
 それで、イエスは、兄弟に向かって腹を立てる者は、殺人罪で裁判にかけられる、「能なし」と言うような者は、最高裁判所に引き渡される、「ばか者」と言うような者は燃えるゲヘナ(地獄)に投げ込まれると言われたのでしょうか。
また、情欲を抱いて異性を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです、とも(マタイ52128)。
 
 そして、自分は他人よりも偉い者だ(ルカ9:46)とひそかに思う思い、
「これは自分の力で得たものだ」と自分を誇りたい思い、
それが、「神のひとりのようになり、善悪を知る者」となっている(創世記3522)〔生まれたときからの私〕という霊から心に湧きあがって来るのですね。止めようもなく。
 
 それらが、すべて、明らかになり、人に知られる、公のものになる、そういう日が来ると。
 
 エリコの取税人のかしら、ザアカイという人物。金を貯め込むことを人生の目的にし、町の人から罪人と評価され、イエスが彼の家に泊まると、人々は、「イエスは罪人のところに行き、客となった」と批判されるような人だったのだそうです。
 けれども、イエスの愛にふれ、自分から「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、4倍にして返します」と申し出て、イエスから、「きょう、救いがこの家に来ました」と言っていただけるほどに心が替えられたのだそうです(ルカ19110)。
 
 〔父である神〕は、〔御子である神」を人間イエスとして人の世に派遣し、すべての人の身代わりとし、神に背く者として十字架刑で処刑されたのだそうです。
そして、そのイエスの死を、私たち自身の〔生まれたときからの私〕という霊の処刑とみなしてくださり、私たちの処刑が終わったことにしてくださるのだそうです。
それで、これを受け入れた者は、何が出て来ても、すべて、処罰済みの大判を押していただけるのだそうです。
 
 さらに、イエスは、受け入れる者に、もう一人の助け主、〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣してくださり、この方によって、受け入れる者の心に、〔父である神〕がひとり一人に思っておられる御思いを置き、書きしるしてくださるのだそうです。
それで、受け入れる者は、心が一新され(ロマ122)、この部分において、〔父である神〕と同じ思いを思い、同じ願いを願う者としていただき、〔父である神〕と一つ心に、一つ行動をとる者にしていただけるのだそうです。
 
 私たちの心から、どんな思いが出て来ても、訴える者、サタンが、何を告訴しても、その一つ一つが処罰済みであるとしてくださっているので、受け入れる者は、はばかることなく、「父よ」と呼びかけて(ロマ81417)、御前に出て行けるのだそうです(ヘブル416)。
今日も。
 
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