風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

神からのプレゼントを受け取って

 あなたがたは恵みにより、
信仰によって救われました。
このことは、神の賜物です。
エフェソ書2:8(7/1の週の聖句)

 わたしは怒ってあなたを打ったが、
今、あなたを憐れむことを喜ぶ。
イザヤ書60:10

 身を慎んで、
イエス・キリストが現れるときに与えられる恵みを、
ひたすら待ち望みなさい。
Ⅰペテロ1:13

 ルカ5:1~11
 詩73(通読箇所)

   (ローズンゲン日々の聖句7/1:Ⅰ日曜)

 私たちは、自分の罪過と罪との中に死んでいた者、
この世の流れに従い、
空中の権威を持つ支配者として
今も不従順の子らの中に働いている霊に従って歩んでいる者でした。

 「神のひとりのようになり、
善悪を知るようになっている」(創世記3:5、22)
〔生まれたときからの私〕という霊から来る欲の思いのままに生きる、
生まれながらに御怒りを受けるべき子らでした。

 しかし、憐れみ豊かな神は、
私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、
罪過の中に死んでいたこの私たちを
キリストとともに生かし、
恵みによって私たちを救い、
キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、
ともに天の所にすわらせてくださっているのだそうです。

 これは、私たちの側から出たことではなく、
神からの賜物、プレゼントなのだそうです。
だから、この約束のことばを信頼して、
受け取るだけ、もらうだけの救いなのだそうです(エペソ2:1~8新改訳)。

 天の神、主は、
私たちが、取り返しのつかないところまで行ってしまわないようにと、
私たちを打たれることがありますが、
それも含めて、
私たちを愛し、憐れんでいてくださる方なのだそうです。

 〔父である神〕は、ご自分の大きな憐れみにゆえに、
エスが死者の中からよみがえられたことによって、
〔聖である霊〕と呼ばれる方により、
私たちを新しく生まれさせてくださるのだそうです。

 そして、朽ちることも汚れることも、消えていくこともない、
天の資産を受け継ぐようにしていてくださり、
終りのときに現わされるよう用意されている
救いをいただくようにしていてくださるのだそうです。

 イエスを通して来てくださる〔聖である霊〕と呼ばれる方は、
私たちの心に、
信頼し、心を引き締め、身を慎み、
この、イエス・キリストが再び現れてくださる
そのときにわたしたちにもたらされる恵みを、
待ち望む思いも起こしてくださるのですね。

 

 そして、ペテロたちが、
ガリラヤ湖の魚をとる漁師から、
人間をとる漁師にされたように(ルカ5:1~11)、
私たちも、神から派遣された者として、
今、置かれているそれぞれの場で、

〔父である神〕が私たちをとおしてしようと思われることを
していく者にもしていただけるのだそうです(ヨハネ14:12)。

 〔聖である霊〕と呼ばれる方をお迎えして。
この新しい週も。

 

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