風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

恵みと栄誉が、慈しみが芽生え、成長するのだそうですね。私たちのうちにも。あの方の。

大地が草の芽を萌え出でさせ、
  園が蒔かれた種を芽生えさせるように、
 主なる神はすべての民の前で、
   恵みと栄誉を芽生えさせて下さる。イザヤ書61:11
 
種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、
  あなたがたに種を与えて、それを増やし、
   あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。Ⅱコリント9:10
 
      (ローズンゲン日々の聖句2/23;火)
 
 恵みと栄誉、義と賛美、慈しみが結ぶ実を芽生えさせ、成長させてくださるのだそうです。
私たちが、内側にないのに、歯を食いしばって、頑張って、つくりださなくっても、主である神が、芽生えさせ、成長させてくださるのだそうですね。
 種を蒔く者に種を与えてくださる方、種の中に芽生える命、成長する力を備えていてくださる方なのだそうですから。
 
 私たち自身、「生まれたときからの霊」」と呼ばれる私たち自身から出て来る思いは、「神のひとりのようになり、善悪を知るもの」(創世記3:22)で、自分の理性を神としていくもの相手より自分がまさっていないと落ち着かないもの、良いものは、全部、独占したいもの、人に与えることは惜しみ、全部、溜め込みたいもの、自分の判断したとおりにまわりを動かしたいものなのです。
 
 天の神、主は、御子イエスを私たちの身代わりにして、十字架刑で処刑し、私たちの「生まれたときからの霊」を処刑済みのもの、処刑され死んだものとしてくださたのだそうです。
 
 そのうえで、もう一人の方、「聖である霊」と呼ばれる方を、受け入れる者のうちに派遣してくださって、御自身の性質から来る御思い、相手を大切に思う慈しみ、公正と正義の思いを私たちの心に置いてくださるのだそうです。
ちょうど、種が、種自身の内に芽生える命、成長する力を宿しているように。
 
 それで、この方を受け入れる者は、よるねて、朝は起き、走行しているうちに、種は目を出し、成長していくのですね(マルコ4:26~29)。
この方を受け入れた者のうちで。
今日も。
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