風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

御自分と一つ心を持つものにしていただけるのだそうですね。私たちも。

 わたしは彼らに一つの心を与え、
 彼らの中に新しい霊を授ける。エゼキエル書11:19

 あなたがたは神の子とする霊を受けたのです。
この霊によって私たちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。ロマ書8:15
 
          (ローズンゲン日々の聖句8/18;火)

 私たち人間は、自分一人で、自分の理性で立ち、他の人を自分の判断に従わせようとする者です。

 天の神、主は、父と呼ばれる方、御子と呼ばれる方、聖である霊と呼ばれる方が、それぞれ、全知であり、全能であり、永遠不変の方でありながら、それぞれが自分の考えを主張し、対立し合うのではなく、父である方は、御子である方、聖である霊と呼ばれる方を愛し、ご自分の思いのすべてを、御子である方、聖である霊と呼ばれる方に明かしておられ、御子である方、聖である霊と呼ばれる方は、父である方を愛し、尊敬し、父である方の御思いが成ることだけを願い、父の御思いが成ることだけを御自分の存在意義として、互いに、心を一つにし、思いを一つにし、行動を一つにし、存在を一つにしておられるのだそうです。

 天の神、主は、ご自分たちの、その一つに加わる者をと望んで私たち人間を造られたのだそうです。
  それで、御思いを文字にして外から示しても、心を一つにできない私たち人間に対し、聖である霊と呼ばれる方を私たち人間の一人ひとりの内に派遣して、この方の働きによって私たち一人ひとりの心に御思いを置いて下さり、私たち人間を御自身と一つ心にして下さろうとご計画されたのだそうです。

 この方が心に置いて下さる御思いによって生きる者を、天の神、主は、ご自身の子の身分を与えて下さるので、イエスが呼んでおられたのと同じ呼び方で、「父よ」と呼ぶことが出来るのだそうです。

 聖である霊と呼ばれる方をお迎えする者は、子としていただき、家族の一員にしていただいて、心の思いを一つにしていく者にしていただき、イエスがそうであったように、天の父である方がしようと思われることをしていく者にしていただけるのだそうです。
 今日も。


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