風にそよぐ葦

プロテスタントのキリスト教会員です。「ローズンゲン日々の聖句」より、その日、その日の聖書の言葉を紹介しています。

私たちに出会おう、と、私たちのすぐそばに来て

あなたたちが、
わたしを尋ね求めるならば見いだし、
心を尽くしてわたしを求めるなら、
わたしに出会うであろう、
と主は言われる。
エレミヤ書29:13~14

 

 上にあるものに心を留め、
地上のものに
心を引かれないようにしなさい。
コロサイ書3:2

 

 ルカ12:42~48
 マタイ11:25~30(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句8/24;土)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
天の高みに、
私たちから遠いところにおられる神ではなく、
私たちに近く近く来て、
「わたしを求めてほしい」と思っていてくださる方のようですね。

 

 私たちの本性、
「神のひとりのようになり、
善悪を知る」ようになっている(創世記3:5、22)
〔生まれたときからの私〕という霊は、
上にあるものを求めようとせず、
地上のものに心を引かれていくようです。

 

 【父である神】は、
この、私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を
エスが受けられた十字架刑での処刑に合わせてくださって、
「すでに死んだもの」(コロサイ3:3)としていてくださるのだそうです。

 

 そして、墓に葬られたイエスを、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活させ、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
神の国のことを語らせたのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、
天の、ご自身の右の座に復帰させなさったのですね(使徒1:3~9)。

 

 そして、このイエスを通して、
もう一人の方、
【聖である霊】と呼ばれる方を受け入れる者に派遣し、
この方によって、
ご自身が私たち一人一人に思っておられる御思いを
私たちの心に置き(エレミヤ31:31~33、エゼキエル36:25~28)、
受け入れる者に
ご自身の御思いがあるようにしてくださるのだそうです(ヨハネ17:21~22)。
私たちが、ご自身と思いを一つにして生きるようにと。
上にあるものを求める心に。

 

 良いしもべが、主人の心をよく知って、
任されたものを、
主人の思いどおりに用意し、働くように(ルカ12:42~48)。

 

 

 イエスは、自分の知恵、
〔生まれたときからの私〕という霊の賢さに信頼し、
この知恵、この賢さで生きようとして、

 

 また、神の律法を、その通りに自分で行おうとして
疲れ果てた人を、
「休ませてあげよう」と言っておられるのですね。

 

 「わたしは心優しく、へりくだっているから、
あなたがたもわたしのくびきを負って、
わたしから学びなさい。

 

 そうすればたましい安らぎが来ます。
わたしのくびきは負いやすく、
わたしの荷は軽いからです」(マタイ11:25~30新改訳)、と。

 

 私たちの近くにいて。
今日も。

 

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